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年年歳歳花相似,歳歳年年人不同

自然や社会に対してふと考えてしまうときがあります。 そんな思いを少しだけ書き綴っていきたいと思います。

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地球外知的生命体のはなし

スティーヴン・スピルバーグ監督の「宇宙戦争(原題:WAR OF THE WORLDS)」が間もなく劇場で公開されますね。

1898年にH.G.ウェルズが異星人による地球侵略の物語を書いて以来,様々な知的な地球外生命体についての小説や映画が作られてきました。しかし,こういった地球外生命体についての話は,科学者の世界でも時に真剣に討議されることもあるようです。

科学者の中には,地球の存在を他の知的生命体に知らせることに警鐘を鳴らしている人もいます。たとえば,エモリー大学のコナー(Melvin Konner)は「知的生命体が地球にやって来たならば,我々人類が他の動物に行ってきたことと同様な自己中心的な行為を我々にするだろう。」と主張しています。

逆にセーガンらは大変楽天的です。「長い歴史を持ち高度な文明を維持している知的生命体は,我々のような若い文明を擁護するような制度を確立しているだろう。」と主張しています。

さてさて,どちらがより真実に近いのでしょうか。

もっとも地球の他に知的生命体が存在するということを前提とした話ではありますが...。

宇宙は広大です。広大であるがゆえに知的生命体は確率的に存在すると私自身は考えています。しかし,直接的に彼らが地球に飛来することはほとんど可能性はゼロではないでしょうか。移動の時間的コストがかかりすぎますし,他の進化の道筋を辿った生物同士が接触する危険をわざわざ冒すとは考えにくいからです。

しかし,平和的な接触が起こることを想像するのは楽しくはありますね。
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「異常気象」が定常化!?

ここ10年くらいの間で,異常気象現象が多発してきていると思いませんか? 毎年のように何十年ぶりかの記録更新をしたとのニュースが流れている気がします。「異常気象」が毎年続いて定常状態していけば,そのうち異常気象の定義を変えなければならなくなるかもしれませんね。

地球温暖化が原因なのでしょうか。

思えば何億年もの歳月を掛けて大気中の二酸化炭素を植物が吸収し,石油や石炭などの化石燃料として蓄えてきたものを,産業革命以来のわずか200年程度の期間で,我々人類は大量に大気中に放出してきてしまっています。これほどの「短期間」で大気組成比率が変化することは,長い地球の歴史の中でも稀なことでしょう。我々は人類という種が起こした地球規模の環境の激変の渦中にいるといえます。

異常気象は,単に暑い,寒いの問題ではありません。それまで雨が降っていた地域に雨が降らなくなり,農作物が育たなくなったり,海流が変わって海産物の生育に深刻なダメージが加わったり,我々のすぐ未来の生活に直接的に影響することになります。

生態系に地球規模でダメージが加わっている中で,我々人間だけは大丈夫と思っているのはとんでもない間違いですよ。二酸化炭素の放出だけの問題ではありません。少しくらい汚してもいいとか,今この瞬間だけ楽しければよいとか思って車からタバコの吸殻を投げ捨てる人を見ると,悲しみと怒りがこみ上げて...。

....。

ちょっと,熱くなってしまいました。異常気象のせいです。(汗)
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ルビーとサファイア

宝石のルビーとサファイア。
ダイヤモンドが宝石市場に流通する前はルビーやサファイアが宝石の中で最も硬いものとして尊ばれてきていました。

一般にはルビーは赤い色でサファイアは青い色の宝石で別種の鉱物と思われがちですが,両者ともコランダム(corundum)と呼ばれる同種の鉱物です。ただ,コランダムのうち赤色のものをルビーと呼んで,青色のものサファイアと呼んでいるにすぎません。

ただ,色についてはもう少し複雑です。本当はコランダム(酸化アルミニウムの鉱物)に不純物が含まれていなければ無色透明なのですが,多くは微妙に不純物が入っていて,その不純物の種類によって様々な色がついてくるわけです。たとえば,鉄とクロムが入っていれば赤色,鉄とチタンが入っていれば青色というようになります。

なぜか,無色透明なコランダムも「ホワイト・サファイア」と呼ばれ,黄色のもの(ニッケルが微量に入っています)は「イエロー・サファイア」と呼ばれたり,まぁ,様々な色のものがあるのですが,赤いもの以外は全部サファイアと呼ばれているようです。中には「ピンク・サファイア」なんていうものまであります。ルビーと呼ばれるコランダムよりは少しだけ赤の色が淡い感じの色がついているからなんでしょうが,これも「ピンク・ルビー」とは言わないようです。あくまでもルビーは赤色のコランダムのみを指すようです。

なぜでしょうね。

これは私の勝手な推測ですが,天然石で赤いコランダムは産出量や大きな石が少ないことが影響しているのではないでしょうか。もしかすると,赤いコランダムは希少であるが故に敬意を込めてサファイアよりも一段,いや半段ばかり上位に置かれているのかも知れませんね。
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プログラミング言語Ruby

コンピュータに人間の意志を伝える媒介物としてのプログラミング言語は,現存している数だけでも非常に多いです。それらはそのプログラミング・パラダイムで大雑把に2つに分けることができます。手続き型言語と非手続き型言語です。

手続き型言語はFORTRANに始まり,COBOL, Pascal, BASICなどの言語が所属している歴史のある言語です。現在,その代表格はCでしょうか。

非手続き型言語としては,LISPやPrologなどがその例ですが,近年,非手続き型言語の中で大きな勢力を誇っているものにオブジェクト指向言語があります。その勢力の大きさからいって,オブジェクト指向は非手続き型言語というカテゴリーから独立させてしまっても良いのかもしれません。

オブジェクト指向といえば最近ではJavaが有名ですね。Javaはサン・マイクロシステムズから1995年に発表されましたが,ほぼ同じ頃,日本でもオブジェクト指向言語が発表されています。まつもとゆきひろ氏が開発したRubyです。

2つの言語は共にオブジェクト指向というカテゴリーに属しているので,似ているところが沢山ありますが,個人的にはRubyの人懐っこい柔らかいイメージが好きです。どこか人間くさいのです。Javaに比べるとGUIのライブラリーが統一されていないなど,まだまだ発展途上の感がありますが,独特の人懐っこさに魅力を感じます。

人類史上初めての高水準言語であるFORTRANが1957年に世に出てから現在に至るまで様々な言語の開発がなされてきました。そして,これからも研究・開発は続いていくでしょう。一部のプログラマーだけが使うことのできる精緻な言語も必要ですが,広く一般の人々が気軽に思考補助の道具(たとえば電卓のような道具)のひとつとして使用できるプログラミング言語も欲しいですね。

(Rubyの魅力については,いずれまた機会を見て紹介したいと思っております。)

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勾配を表す道路標識

私たちは角度を表すのにいろいろな表し方をしますね。交通標識で上りの急勾配があることを示すものをときどき見かけます。角度の表示は例えば9%などと書かれています。これは水平距離1km進むに対して0.09km,すなわち90mだけ垂直方向に上がっていることを意味しています。

しかし,しかしです。日本の初等教育では,角度を表す方法として六十分法(一周を360度と表す方法)を最初に学ばせています。はじめに刷り込まれた単位は影響力が強いでしょう。そうであるならば道路の勾配を表す交通標識も六十分法を用いたほうがわかりやすかったのではないでしょうか。

先ほどの9%の勾配を関数電卓をちょっと使いながら六十分法で表してみましょう。

底辺が1km,高さが0.09kmの直角三角形を考えて,底辺と斜辺のなす角をαとすると,
tan α = 0.09
となりますね。arctan(0.09)を関数電卓を使って求めてみると,α = 約5.1度となります。(arctanはアークタンジェント。タンジェントの逆関数です。つまり,tan 5.1°= 0.09)

9%の勾配などといわれるよりも,5度の勾配といわれる方がわかりやすいと感じる人が多い気がするのですが,如何でしょうか?
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観察眼

観察すること。それは科学的探求の世界で最も基本的なプロセスです。しかし,この「観察すること」が量子の世界ではいかに難しいことか。

観察するには通常「光」が必要です。原子核や電子のような小さな対象を見ようとすると,我々が肉眼で識別できる可視光線のような波長の電磁波ではボケてしまってよく見えません。より短い波長の電磁波でなければクリアーに「見る」ことができないのです。

しかし,ガンマー線のような波長の短い電磁波を電子に当てると,そのショックで電子の運動量が変化してしまいます。つまり位置を確認しようとすると運動量を特定できなくなってしまい,運動量があまり変わらないように波長の長い電磁波を当てると,運動量はおおよそ分かっても電子の位置がぼやけてしまいます。

上述の事柄は量子力学の世界でハイゼンベルクの不確定性原理として知られている思考実験です。驚くべきは,ハイゼンベルクがこの原理を確立したのが,わずか23歳だったということです。

若さとは時としてなにものにも縛られない自由な発想にたどり着かせてくれるのでしょうか。青年だけでなく,時として幼児すらも大人をハッと驚かしてくれる観察眼を持っています。そうした才能の芽生えは,とても大切で貴重なものに感ぜられます。常識に遮られない眼や権威に屈しない勇気を歳を重ねても持ち続けたいものです。
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本の選び方

本といっても専門書やHowTo本の選び方ですが,皆さんはどうやって選んで購入していますか?

基準はいろいろあるでしょう。価格,大きさ,厚さ,デザイン(!?),...まぁ様々でしょうね。ここでは何か勉強したいことがあるとして,同じような内容の本が何冊もあるような場合を想定して,花鳥風月流の選び方をご紹介しましょう。

一般に,自分の知らない事柄が詳しく載っている本を購入しようとする方が多いようですが,それとともに自分が良く知っている内容について,どのように説明されているかを見比べることをお勧めします。よく知っている内容ですからその説明の丁寧さ,正確さ,上手さなど,その本の著者の力量がある程度判断できます。見比べる項目が1つではサンプル数としては少ないので5項目以上あったほうが良いでしょうね。

ご参考にどうぞ。
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子供の頃見た「昴(プレアデス星団)」

6歳くらいの頃,ようやく北斗七星を追えるようになり,晴れた日の夜,星空を眺めるのが好きになっていました。北斗七星に似た形に見えた小さな可愛らしい星たちの集まりを当時私は勝手に「ちびっ子北斗七星」と名付けていました。
ちびっ子北斗七星=昴(プレアデス星団)です。

札幌市の郊外に住んでいたのですが,今のように「光害」に溢れた夜空ではなかったので,天の川も見えていました。視力も当時は良かったので,クリアーな昴の姿を肉眼で楽しんでいました。もっとも,「ちびっ子北斗七星」と名付けておきながら私の当時の視力でも7つの星が確認できていたわけではなく5~6個くらい塊として捉えていましたが...。

寄り添うように接近して存在する昴がとても気になり,同時に不思議でたまりませんでした。近所のお兄さんに双眼鏡で見せてもらったとき,宝石箱をひっくり返したような無数の星の集まりを確認して,一瞬声が出ませんでした。

今の都市部に住んでいる子供たちは,夜中でも青白い空を眺めさせられている(いや,そもそも眺めることすらしないか!?)のでしょうね。なんだかかわいそうです。自然の素朴な美しさに触れる機会は今後どんどん奪われていくのでしょうか。自然の事象に興味を向ける幼い時分のタイミングを逸していくのでしょうか...。

自然のあまりの大きさと自分の小ささに驚異の念を感じ,逆にふつふつと冒険心が湧き上がってきたあの頃が懐かしいです。
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自然科学と社会科学

同じ「科学」という名がついていますが,随分と様子が違うようです。

何が違うのかと改めて考えてみると,これが結構難しい...。

「研究対象が違う」というのは分かりやすいですが,単にそれだけではないような気がします。
「方法論が異なる」という考え方も尤もですが,最近は理学・工学的なアプローチで社会科学に取り組まれている方も非常に多いですよね。しかし反対に自然科学分野に文系的なアプローチを持ち込んでいる例はないかな? どうもはっきりしない。

そこに“住んでいる”人が違うのかな。

もともと「科学」は経験的に実証可能な知識体系を指していたはずですから,社会という複雑系を対象に用いるには,使われ始めた時代がやや早すぎたかもしれませんね。シミュレーションを利用する人工社会的研究が社会研究分野で市民権を得だして,ようやく「科学」という名前が違和感がなくなってきたように個人的には感じています。

時代を先取りしたようなネーミングをどなたが始められたのかは寡聞にして存じませんが,センスがいいですね。
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