年年歳歳花相似,歳歳年年人不同

自然や社会に対してふと考えてしまうときがあります。 そんな思いを少しだけ書き綴っていきたいと思います。

成果主義と教育測定運動

これまで一種流行ともいえるほど取り入れられてきた企業での人の評価である「成果主義」が揺らぎつつあるようですね。勤労意欲の低下,評価の妥当性・公平性の実現の困難さなどの成果主義の弊害が無視できないほど巨大化してきた結果だそうです。

私はこの辺のところは専門ではないので詳しくは判断しかねますが,なにやらこれらの動きは20世紀初頭にアメリカで起こった教育測定運動の興隆とその後の反省に似ていると感じます。

教育測定運動は,大雑把にいえば,それまで論述試験や口頭試問で学習者を評価してきた方法を改め,客観的・公平的に学習の到達レベルを測定しようとしたものです。次々に「客観的な」試験問題が作られ,多数の学習者の「学力」がそれによって測定されていきました。しかし,こうした試験問題は個々の断続的な知識の有無を調べることには大いに役立ちますが,論理的な推論をしたり,批判的に何かを検討したり,創造的な活動をしたりすることに対する測定は極めて困難だったため,その結果,測定しやすい事項だけを試験問題にするという本来の趣旨から歪んだ方向に流れていってしまいました。このことが教育測定運動に対する大きな批判の一つとなりました。

成果主義も具体的な「成果」を出すために,出しやすい成果を目標に掲げがちになったり,成果として掲げられないものは評価の対象とならず無視されたりしてきたのではないでしょうか。ルーチンワークの達成度は成果主義でなくても測定できるでしょう。本当に測定し評価したいものはもっと高次なもののはずです。そうであれば,そうした能力の評価方法を十分に吟味しないで成果主義に飛びついたのは問題が多かったのかもしれませんね。
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年老いてきた我が家のパソコン

ふと気づくと,我が家のパソコンも随分と歳を重ねていました。といっても,別に不自由はしていないのですが...。私が使うソフトウェアといえば,インターネット・ブラウザーやメールソフトを除けば,LaTeXやエディター,2つ3つのプログラミング言語の処理系,たまに画像処理ソフトの基本的な機能を使うだけ。それほど高速な処理能力を必要としていないので,予想以上に快適です。これには,やや自分自身が驚いていますが...。

世の中で最も使われているであろうMicrosoft社のOffice製品群は,やや使用頻度が高いExcelを除けば,全くといっていいほど使用していません。Wordのプログラムを起動するのは年に数回しかありません。友人に言わせると,私は「世の中の流れに逆らっている」のだそうですが,流れに乗らなければならない必然性を感じることが出来ず,現在に至っています。

しかし,Windowsマシンの宿命なのでしょうか,最近は我が家のパソコンも息を切らすようになってきました。起動が遅くなり,shut downもたまに失敗するようになりました。さすがに何やら危険を感じてストレージに頻繁にデータのバックアップを行うように気を配っています。

一方,同じくらい年老いてきているMacは,「まだまだ若い」ようで,やや起動が遅くなってきているような気はしますが,それ以外の不都合は現れていないようです。

これでMacがWindowsマシン並みに(プリンターなどの)ハードウェアの対応が充実してきたら,完全にMac一本でいってもいいのですが,そういう日は訪れるのでしょうか...。
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今年も雑草たちとの闘いが始まる

札幌も暖かくなり,我が家の狭い庭にも,雑草たちがさっそく活動を開始し始めました。今年も多種多様な雑草たちが観察できます。

シロザとアカザがいたるところで出てきています。成長する前に,駆除。

去年は僅かだったシロツメクサがいつのまにか増えていて,ハッと気が付くと庭の傍らで強烈な自己主張をしていました。茎が絡まっていて,なかなか駆除が大変です。

黄色い花を咲かせるカタバミは可憐です。が,やはりそのままにしておくわけにはいかないので,これも駆除。

たまにオニノゲシが鋸歯の先の堅い刺をちらつかせて,私を威嚇します。迂闊に手で触ると,チクッとするので,スコップで根元からザクッと処分します。しかし,その刺はみごととしか言いようのないものですね。よくぞここまで進化したものだと思います。

毎度のことながら,雑草たちの生命力には驚嘆させられます。
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政財界の有名人を知っていることは「常識」か!?

社会的な常識として,国政の主要人物や財界の有名人の名前と顔を覚えないといけないような風潮があるように思えます。もちろん,知っていることに越したことは無いでしょう。新聞やニュースを見聞きするときはもちろんのこと,雑談をするときにも共通の話題となることはあるでしょうから...。

学生諸君もときどきそうした「無知」を笑われたり咎められたりして,真面目な学生ほど落ち込むようです。

しかし,知らないからといって本当に当人の「常識」を疑われるほどの失態かというとそうでもないでしょう。道端にある石や草花に夢中になる人,伝統芸能に夢中になる人,自然科学や数学に夢中になる人,そういった人がたまたま政財界の(ほとんどの人が知っているであろう)有名人を知らないからといって,たいしたマイナスではないでしょう。...知っている方が良いことは良いですが,ね。

就職活動の時期になると,「常識」という武装を完備しておかなければダメだという焦りが出てくるようですし,周りの大人もそれを助長させている場面が散見されますが,ドーンと構えて自らが最も磨いた部分で勝負に出ても良いのではないでしょうか。このことは学生だけに限りらず社会人にも同じことが言えるのではと思っています。

まぁ,そうした「常識」も持ち合わせておらず,かといって他に才能を磨く努力もしていない...というのでは困りますが,時事問題を薄く広く浅く知っているだけではあまり魅力的ではないと個人的には感じます。
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宣伝の仕方も今後は問われる!?

近年の健康ブームと食品の安全問題の相乗効果で,「健康食品ブーム」が起こっているように感じます。食品の産地,カロリー,含んでいる栄養素などを表示しようとする動きは,さまざまな困難はあるにせよ,消費者としては歓迎したい動きですね。

一方で,購買意欲をそそるためのやや過剰な表示も問題になってくるかもしれません。たとえば,特定保健用食品。俗にトクホと呼ばれるものですが,厚生労働省の認可(形式的には厚労省大臣の認可)が必要なため,それがいわばお墨付きになって,消費者心理としては過大な期待を込めやすくなるのでしょう。

もっとも,トクホは有効性や安全性について科学的根拠を示した上で審査を受けているので,そのこと自体に偽りは無いのですが,問題はその宣伝文句です。消費者の心をとらえるようなキーワード,たとえば「ダイエット」「メタボリック予防」「老化防止」などなどが,商品の宣伝に使われていたりすると,過大な期待をついしてしまいがちになります。どの程度の効果があるのかまで踏み込んで表示することを求められるのかもしれません。...難しいとは思いますが。

そもそも何かを摂取すれば病気が治るとか健康になるというのは,一部の例外(ビタミンのように自分の身体で作ることのできないものなど)はあるにせよ,あまりに短絡的な思考です。健康はもっと包括的な見地で考えていかないと,維持することは難しいでしょう。

トクホなどの食品は,効果が無いわけではないので嘘を書いているのではないのですが,結果的に消費者を失望させることにならないように,今後は宣伝の仕方も考えていかなければならないのでしょうね。
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